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お正月3日間が終わりました。
明日から、通常の生活に戻るのでしょうね。 今年は、年末から今日まで9日間と休日が終わることが悲しくも感じていることでしょう! さて、今回はお祝いの余韻をもう少し浸りたいこともありお祝いネタの一つとして長寿について つぶやきます。 人間長生きするといろいろお祝いしてくれますね。それをまとめてみました。 面白いことに99歳の白寿,88歳の米寿77歳の喜寿なんて明快ですっきりしているのに、百歳のお祝いだけはいろいろ言い方があってしゃきっとしませんでした。 又100歳以上も知らない人が多いですから、そこらが知ったかぶりできるネタですか。 それから皆さん、天寿を全うするという言葉がありますが「天寿」って何歳かご存知ですか? ◆長寿のお祝い ★還暦(かんれき)61歳(以下すべて数え歳) 数え年六十一歳のお祝いで、本卦還えりとも呼ばれ、生まれ年と同じ干支(六十干支)に もどるためです。 赤いちゃんちゃんこなど送り、着てもらい、お祝いしますが、 これは「もうこれからは赤ちゃんみたいな生活をしてください」。という意味か、 「これからは新しい人生のスタートですね」という意味かな? ★古稀(こき)70歳(藍色) 数え年七十歳のお祝いで、中国の詩人、杜甫の詩に「人生七十古来稀なり」と言うのがありここから起った由来です。 ★喜寿(きじゅ)77歳(黄色) 「喜」の字の略字が七十七に見えるところからこう呼ばれるようになりました。 ★傘寿(さんじゅ)「八十寿(やそじゅ)」80歳(オレンジ色) 数え年八十歳の祝で、傘の字の略字が八十に見えるところからこう呼ばれるようになりました。又別の言い方として「傘」の略体が「人」と「十」とから成るところからいう。 「八十寿(やそじゅ)」ともいう。 ★米寿(べいじゅ)88歳(ベージュ) これも、米の字を分解すると、八・十・八になるところからこう呼ばれ、数え年の八十八歳を お祝します。 ★卒寿(そつじゅ)90歳(紫) 数え年の九十歳の祝で、卒の字の草書体を「卆」と書くところから由来しています。 今は草書体でなく略した書き方で「卆」と書く人増えましたね。 本家の中国もこうだし。 ただ、「卒」には卒業などで使うように「終わる。死ぬ」の意があるため、避ける向きもあるとか。 ★白寿(はくじゅ)99歳(白) 「百」の字から「一」の字を取ると「白」となるところから、数え年の九十九歳を白寿と言って お祝します。 ★百賀(ひゃくが)、百寿(ひゃくじゅ、ももじゅ)、上寿(じょうじゅ)、紀寿(きじゅ)、仙寿(せんじゅ)文字通り、百歳をお祝します。 ただ百賀や百寿の場合単に百を祝うという意味で何の変わった由来もなく、文字の変化から 来たわけでもなく、しかも他にもいろいろ言い方があって分散しなんかつまらないですね。 ・上寿は「荘子(そうじ)」〈盗跖(とうせき)〉…人の上寿は百歳、中寿は八十、下寿は六十なり というのから持ってきたらしいですが、一説には、上寿は百二十歳、中寿は百歳、 下寿は八十歳。というものもあり、すっきりしない。 ・紀寿は1世紀生きたという意味、これは意味がありますね。 ・又100以上は毎年お祝いをするんだという意見もあります。百一賀、百二賀...。 ・仙寿(せんじゅ)100歳以上、百歳以上は仙人の域に達したからそう言う呼び方もある ★茶寿(ちゃじゅ)108歳 百八歳 「茶」の字を分解すると、十が二つと、八十と八になり、合わせて百八になるところからいう。 ★皇寿(こうじゅ)川寿(せんじゅ)111歳 百十一歳、皇寿は「皇」の上部の「白」は九十九、下部の「王」は十二と分解でき、合わせて百十一になるところからいう。 川寿は百十一を算用数字では111から川を持ってきた。 ★珍寿(ちんじゅ)112歳 百十二歳まで生きることは非常に珍しいことから珍寿と呼ばれる。 この年からすべて珍寿として毎年最大にお祝いをされる。 ★天寿(てんじゅ)118歳 百十八歳これは天が一、一、八に分解できるところからきているそうです。 この天寿を探すのは苦労した。 インターネットで探しても見つからず、やっと見つけました。 http://www3.ctktv.ne.jp/~f-kaori/chojyu-iwai.html ★大還暦(大還暦)121歳(満120歳) これは還暦を2回迎えた人を祝うのだからこりゃあ凄い。 今後DNAをいじったり、冷凍保存パーツやクローンパーツを取り替えたりすると実現する かもしれませんね。(でもそれは邪道ですよね) ◆天寿を全うした人は日本ではたった2人 で、本当に天寿を全うした人がいないのかどうか調べてみました。 ★「天寿を全うする」とは一般的には「天(神様)が与えてくれた寿命を 精一杯悔いのない人生を送ること」を言いますが、ここはつぶやきと言うことで、 言葉尻を捉えていますが「天寿=118歳」を生きた人を天寿を全うした人とします。 (これは遊び感覚での屁理屈がかったうんちくネタですからね、試験の回答には通用しません。 誤解のなきよう) ★一人はギネスブックにも載ったからご存知の方も多いと思われるがあの徳之島の泉重千代さん。 泉重千代さんは120歳と237日で大往生されました。(1986年) 泉さんは「天寿」(118歳)を全うされた上、さらに「大還暦」を祝ってもらったわけですね。 ★もう1人の方は1964年(昭和39年)に118歳で亡くなられた山梨県大月市の「小林やそ」さんです。(女性の日本最高齢記録) ★3人目の天寿まっとうを狙っているのが、 2003年(平成十五年)10月までは日本最高齢者で、 同時にギネスブック認定の世界最高齢者として2003.9月30日に満116歳を迎えた女性、 「本郷かまと」さんがいたのですが、惜しくも同年10月31日になくなられました。 現在(2004.03.01)日本最高齢(未だギネスには認められてないが非公式には世界最高?)は 広島の川手ミチトヨさん(1889年、明治22年5月15日生まれ)で114歳。 (がんばってほしいですね) ◆世界にはトンでもない長寿の記述があったよ! インターネットでは以下のサイトに記載がありました。後でみてください↓ http://www12.plala.or.jp/kenkosozo/boke1.html 記述はこのサイトだけなのでこの方を信じるほかないのですが、それによると、 ★イギリスのスコットランド地方のヘンリー・ジェンキンスという人は169歳、 ロシアのシラフ・オグリ・ミスリノフという人は168歳の長命を保ったという。 ★記録が明らかなところでは、ウイスキーのオールド・パーのレッテル肖像画で有名な、 イギリスのイングランド地方のトーマス・パーが、152歳で死んだという。 恐れ入るのは、その死因が老衰ではなく、国王チャールス一世の招きを受けて、 ごちそうを食べすぎたための腸捻転(ちょうねんてん)だそうです。 ★世界の三大長寿地帯に挙げられるエクアドルのビルカバンバでは、 1976年の調査による最高齢者が、137歳の人だったという。 ★十分な証明が必要とされるギネスブックに登場した最高齢者は、1992年に122歳で死去した フランスの女性、ジャンヌ・カルマンさんで、120歳以上生きた2人の男性も記録されている。 1人は当然前述の日本の泉重千代さんと、もう一人、アメリカのクリスチャン・モーテンセンさんで ある。(これはギネスブックを読めば確認でき、正しい) ◆天皇家は昔は長寿 おなじみの初代神武天皇は、諸説があるようですが、127歳とか137歳(古事記)とかのようです。 いずれにしても、天寿をまっとうしたわけですね。(年齢は、数え。以下同じ) http://www.tanken.com/kokutaikigen.html http://www.nipponkaigi-tokyo.com/rekidai/001.html http://www.logix-press.com/scriba/jm/tn001.html 二代目の綏靖(すいぜい)天皇は83歳、三代安寧(「あんねい」または「あねい」)天皇は67歳、 四代懿徳(いとく)天皇は77歳と普通でしたが、五代孝昭(こうしょう)天皇は114歳でした。 天寿まであと少し。 http://www.nipponkaigi-tokyo.com/rekidai/005.html http://www.logix-press.com/scriba/jm/tn005.html 六代目の孝安(こうあん)天皇は、なんと137歳。見事に天寿・大還暦まっとうです。 http://www.nipponkaigi-tokyo.com/rekidai/006.html http://www.logix-press.com/scriba/jm/tn006.html 七代孝霊(こうれい)天皇は128歳。二代連続天寿・大還暦まっとうです。 http://www.logix-press.com/scriba/jm/tn007.html 八代孝元(こうげん)天皇は116歳。九代開化(かいか)天皇は111歳。惜しくも天寿目前。 http://www.logix-press.com/scriba/jm/tn008.html http://www.logix-press.com/scriba/jm/tn009.htmlちなみに、開化天皇は、実在はしたが早死にだったのではないかとも言われているようです。 http://www.bekkoame.ne.jp/ro/gi11496/01/1a-007.html 十代宗神(すじん)天皇は119歳。天寿まっとうです。 http://www.logix-press.com/scriba/jm/tn010.html 十一代垂仁(すいにん)天皇は、なんと139歳。天寿・大還暦まっとうです。 http://www.logix-press.com/scriba/jm/tn011.html 十二代景行(けいこう)天皇は、143歳。長生き家系の天皇家の中でもとくに長寿でした。 http://www.logix-press.com/scriba/jm/tn012.html 少し飛んで、十五代応神(おうじん)天皇は111歳。惜しい。 http://www.logix-press.com/scriba/jm/tn015.html その次の十六代仁徳(にんとく)天皇は143歳。 景行天皇と並んで最長寿記録です。 http://www.logix-press.com/scriba/jm/tn016.html http://www58.tok2.com/home/miyosida/kofun/01_nintoku/nintoku.html 十七代からあとは、50歳以下と、急に短命家系になります。 それ以降もせいぜい 70〜80歳どまり(中には、8歳なんて人も)。 きちんと記録が残るような時代になると、なかなか長寿の人は現れにくいようです。 ちなみに、 三十三代推古天皇(女帝)は75歳、 四十一代持統天皇(女帝)は58歳、 九十六代後醍醐天皇は52歳、 開国時の百二十一代孝明天皇は36歳、 百二十二代明治天皇は61歳(明治天皇から一世一元になりました)、 百二十四代昭和天皇は87歳でした。 昭和天皇は生没年に信憑性のある天皇の中では長命の方ですが、それでも天寿には遠く 及びませんでした。 今上天皇は、現在数えで72歳。 ★別情報 天寿というのは仏教が日本に伝えられる過程で、「无寿(ムジュ)」の文字をを日本人が「天寿」と誤読あるいは誤解したものという話を聞いたことがあります。 无(む)は平仮名の「ん」の原形ともいわれ、無に通じる漢字のようですが、元々は梵語に漢字を当てたもの?。 世界の三大長寿地帯に挙げられるエクアドルのビルカバンバでは、1976年の調査による 最高齢者が、137歳の人だったという。 非公認記録なら日本人にはすごい人がいますよ。 室町時代に「八百比丘尼(やおびくに)」と呼ばれる(自称?)がいたそうですが、 なんと年齢は800歳だったと伝えられています。 八百比丘尼は若狭の小浜を中心に伝えられていて、なんでも十二歳の時に人魚の肉を食べて 不老の力を得たとされ、それが八百年後に若狭から京に出て、伝えられるところでは、源平合戦も目の当たりにしたとのことで、その語るところがいかにも真実に思われ、京で大きな話題になり、 自称八百歳もウソではなかろうということになり、尼さんというやや宗教がかった面も手伝って、その話題は全国に伝わったそうです。 この話の興味深いのは、現代人が聞けば、そんな子供騙しを信じた古人を嗤う人も多いと思いますが、実のところ、当の室町時代の人も人間が八百年も生きるなどという話をマトモに信じた人は少なかったのです。 彼らは、八百比丘尼の語る話を心の中ではウソと知りながら、それを単なるウソとして片付けず、彼女を一種のエンターティナーに仕立て上げ、その語りに耳を傾け、楽しんでいたのです。 そもそも室町期の年齢などというものは現代ほど大きな意味を持ってはいませんでしたから、 彼女の年齢を詮索するよりも、自分たちが楽しむために、八百比丘尼はどうしても800歳でなくてはならなかったわけです。 年齢の話から逸れてしまいましたが、国立民族博物館の初代館長を務めた梅棹忠夫さんの 著書に「モゴール族探検記」というのがあります。 その中で梅棹はモゴール族(アフガニスタンの一民族で、古くにモンゴル人がアフガニスタンに 定住した末裔)の、ある長老に会った際、彼が年齢を120歳と自称していたが、どうみても80歳 くらいにしか見えない。 梅棹は、何だか年をとったから勝手に120歳と思い込んでいるのだろうと思い、 自分の年齢も知らんとは何ということかと驚くと、通訳(カブール大学の助教授)は 「そんなことは当たり前じゃないか。 田舎の無教育な百姓が年を知らぬのは当然だ。 日本でもそうじゃないか?」という。 梅棹が驚いて、日本人なら誰でも自分の年くらい知っているというと、 「そもそも、一体どうして自分の年を知ることが出来るのかと?」と反問され、梅棹はまごついた。 本当にわれわれはどうして自分の年を知っているのか? 「六歳で小学校へ行く、それ以後毎年一歳づつ加える、、、」というと、 通訳は「ああ、日本は教育が普及しているからだな」と割り切った。 しかし梅棹はそうは思わない。 「しかし教育が普及する前からそうだったように思う」すると 彼は「あなたがたは、年齢というものに何か異常な関心を持っているに違いない」と言ったとか。 そうだ、そうに違いない。 日本文化は、年齢に異常な関心を持つような文化なのだ。 しかし、自分の年齢を正確に知っているということは、役所の手続きやら書類に書き込む以外に、 どういう効能があるのだろう?と考えさせられたと、梅棹は書いています。 日本人が年齢に異常な関心を持つようになったのは明治維新後、近代化されて以降、 特に徴兵制が設けられてからのようです。 随分と長くなってしまいました。 私の祖母は、現在94歳ですが、手足と耳が不自由になっていますが、食欲と口数は私以上です。 94歳と言う年齢を忘れさせるくらいですが、以上の内容を調べていくうちに、何歳になっても元気 で長生きをして欲しいと思いました。 この記事のトラックバックURL
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